自分の当たり前が他人にとっての当たり前でないことの危険性

どうも、ストケロのケアトーカー、ひでつぐです。

 

今日はタイトルの通り、「自分の当たり前が他人にとっての当たり前でないことの危険性」についてです。

これは例えばなしですが、ご飯を食べる時、箸を使ってご飯を食べます。

普通に考えればこれは当然のことであって何ら不自然なことはありません。

しかし、人によってはこの普通の箸でご飯を食べるという事に対して苛立ち、ストレスを溜め怒りに震えているかもしれないのです。。

そして最悪の場合、その人からあふれ出た怒りによって何かしらの被害を被ってしまう。

そんなことが実際に起こり得てしまうのです。

 

今回のお話の場合はあくまでも例え話なわけですが、

このたとえ話のように、自分や一般が当然だと思っていること、当たり前だと思う事が自分では無い別のだれかからするとストレスとなり怒りの原因となっている可能性があるのです。

世の中の人はすべてが同じ考えをもって生きているわけではなく、人それぞれが違う考え方をもっています。

このことを理解してください。

どんな時も決して油断せず、周囲に気を払い危険性を感じたら身を遠ざけるといったスキルを高める必要があるのです。

 

ひでつぐでした。

2 件のコメント

    • コメントありがとうございます。

      記事にもありますが、人はそれぞれ別の環境で過ごし成長します。なので、もちろん人それぞれに当然個性があります。夫婦になればずっと一緒にいるわけですから、様々な部分で自分との違いを感じるのは当然だと思います。 ですが、長年連れ添った仲の良いおじいちゃん、おばあちゃんの夫婦を頭に描いてみてください。 傍から見るとまるで一心同体にみえるのではないでしょうか。

      この場合、互いの違い共に許容し、それが時と共に自然になり、お互いがかけがえのない存在、自分の半身のような存在に変わっていくのだと思います。

      まずはやみくもに相手と自分との違いだけに注目するのではなく、相手と自分が違うところで凄いところ良いところといったポジティブな面に注目してそこから受け止めてみるのはいかがでしょうか。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。