人の「考え」は決して固定されない。時間や人、体験などの影響によって変化する

どうも、ストケロのケアトーカー、ひでつぐです。

 

いきなりですが、勉強好きですか?

私は正直に言って、まったく好きではありませんでした。

通っていた学校が美術系という事もあってか、一般教化の授業がとにかくつまらなく、授業中に隠れて漫画を読んだり寝ていたりそんな学生生活を送っていました。

 

時は流れて、「今」はどいうなのかというと、勉強が結構好きだったりするのです。

 

私は昔から英語は常々身に付けなくてはと思っていたのですが、英語に触れない生活が長く続きすぎた結果、気づけば英語の知識はほぼ0ベース状態となっていました。

もともと英語が得意という訳でもない為、本を買って勉強をしてみるも捗らない。

でも、話題の本がでれば購入してみる。

しかし続かない。

こんな無駄な事を繰り返していました。

 

そんなある時、スマートフォンのアプリで何か新作のゲームはリリースされていないのかとチェックをしていたところ、「アオイゼミ」というを見つけました。

このアプリは大学進学を目指す高校生の為に予備校講師が生配信の動画で授業映像を配信するというものなのですが、私は予備校に行った経験がなかったのでモノは試しとダウンロードしてみることにしました。

アオイゼミには無料で見られるお試し動画のようなものが複数あり、英語の動画もいくつかあったので、ものは試しと見てみる事にしました。

感想はというと、

 

「おもしろい!」

とても、面白かったのです。

私はこの時、イナズマに撃たれたような衝撃を受けました。

英語の授業ってこんなに面白いものだったのかと。

母校の先生たちには悪いのですが、私が昔受けてきた授業は何だったのか、

こんなに面白い授業ならもっと勉強楽しかっただろうなと思ったのです。

 

人の考えとは面白いものです。

恥ずかしながら、それからというもの英語の勉強が楽しみになりコツコツと動画を見て勉強したり、時間がある時は生授業をコッソリと見るようになりました。

変われば変わるものです。

 

今回は私の体験した例ですが、人の考えというものはいつまでも固定されるものではありません。

ゆっくり、または激しく流動的であり変化するものなのです。

 

ひでつぐでした。